自分の体とコミュニケーションすることが大事です。僕は毎日ではありませんが「今日は体硬いな」「疲れているかな」と思うと自分で操体法をします。朝のふとんの中でも、仕事の合間にもできます。操体法の良いところは、自分でできるってことです。先生に押さえてもらわないと出来ないよ、という方もいますが。僕は枕を押すように使って「楽な方に」力を入れたり、なれてくると押さえられているような気持ちで動かしたりして自分でやっています。 … 続きを読む
治療だけではなくコミュニケーションとしての操体法
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自分の体とコミュニケーションすることが大事です。僕は毎日ではありませんが「今日は体硬いな」「疲れているかな」と思うと自分で操体法をします。朝のふとんの中でも、仕事の合間にもできます。操体法の良いところは、自分でできるってことです。先生に押さえてもらわないと出来ないよ、という方もいますが。僕は枕を押すように使って「楽な方に」力を入れたり、なれてくると押さえられているような気持ちで動かしたりして自分でやっています。 … 続きを読む
2050年にはロボット対人間のワールドカップを目指してなんて聞きますが、目下のところ人が出来てロボットに出来ないことは「代償運動」作用です。
「代償運動」は字のとおり代わりに動かす運動のこと。体のどこかが故障したら、たとえば、右膝がけがをして動かしにくくなっても体全体でバランスをとって走ったり、歩いたり、杖を使って移動したりすること。これが人はとっても上手です。
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私たちのいまの暮らしは、昔に比べると、ずいぶん便利に、ラクに、豊かになりました。家電製品やモビリティの発達で身体の負担は軽減し、仕事も分業化されて、生活動作が単純化してきています。スマホやパソコンを長時間操作して、身体を使わないといった状況も見られます。
そのような暮らしの中では、知らず知らずのうちに、私たちの身体が日々歪んでいく傾向があるように思います。便利さや豊かさが、生活の中で偏ってバランスを崩してしまった姿勢や動作を「自然に治す」機会を、失うことにつながっているのではないでしょうか。
つい最近まで、3世代くらい前までの私たちの生活は、朝起きて水を汲み、薪を割り、火を焚き、炊事・掃除・洗濯をし、仕事や学校に行くときは歩きました。すべての生活動作は、家電や機械ではなく、人の力が中心でした。それは家族のみんなで分担しなければ一軒の家を維持できないほど、身体を動かす暮らし方でもありました。
そのころは、歩く道路も凸凹、掃除もハタキかけから始まり箒で掃き出しと、一日中全身をくまなく使っていましたので、身体は自然と元のバランスを回復することができたように思い返しています。
私たちは「便利さ・豊かさ」を享受する代償に、かなり意識して生活しないと、身体の歪みや偏りが強くなってしまう時代に生きています。「便利さ・豊かさ」のマイナス面での影響にしっかりと眼を向け、身体のケアはどうあるべきかを考え、日々実践することが大切と思います。